2017年4月26日水曜日

山口 下関 “T”Gumbo

 浜田裕介が「僕の西の聖地」と言う山口県 下関 “T”Gumbo。彼をずっと応援してくれている店で、何度も歌いに行っているらしく、去年、彼と一緒に行った。デビューして初めての山口県でのライヴだった。
 小さなスペースだったが、超満員になった。俺も浜田裕介も、お店の人もびっくりだった。とても熱い拍手をもらった。
 この貴重な一歩を着実なものにするため、今年も浜田裕介と行く。山口県で歌っていない歌は、まだ100曲以上あるしね。
 詳細と予約はこちらから。


photo : Takuji 下関の港


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2017年4月25日火曜日

レコーディングのリハーサル

 河村博司君プロデュース、アコースティック・ギターに目黒寿安君を迎えてリハーサル。来週にかけて2曲をレコーディングする。
 アコギ2本が絶妙にからむサウンドを目指す。みんなに聴いてもらえるのは、秋だな。

 寿安君に誘ってもらって、ジョイント・ライヴを、彼のホーム・グラウンドともいえる横須賀のYounger Than Yesterdayで開催する。詳細は一足お先に寿安君のサイトに掲載されている。ずいぶん先だけど、楽しみだ。


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2017年4月23日日曜日

広島 OTIS!

 広島 OTIS!で初めてソロ・ライヴをやったのは2009年のこと。それからもう5回お世話になっている。今回は、去年の4月以来になる。いつもはソロで行くが、5/12(金)は浜田裕介とのジョイント。とはいえ、たっぷり歌うからね。
 詳細と予約は、こちらから。

 一昨年だったかな、OTIS!オーナーの佐伯さんに、おいしいお好み焼き屋を教えてもらった。パッと見は小汚くて、紹介された店じゃなかったら絶対入らなかっただろう。鉄板のカウンターとボックスが二つくらいの小さな店で、何を食べてもおいしかった。とはいえ粉ものだから、バクバク食べているうちにすぐ満腹になっちゃって、打ち上げが30分で終わったっけ。
 俺の故郷の熊本は、関西風のお好み焼きだ。初めて広島でお好み焼きを食べた時は感激して、今もファンだ。

 ギターのMercyとのライヴ・テイクで〈Midnight Primadonna / 気をつけた方がいいぜ〉
 写真は一癖ありげなマスター佐伯さんとMercyと。



 〈ONE - Oyama Takuji Network Eyes〉に〈熊本応援ライヴ Vol.4 阿佐ヶ谷harness 4/15〉のライヴ・フォトグラフを掲載した。


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2017年4月22日土曜日

京都 音や

 京都のライヴ・カフェ・音やで初めて歌ったのは、2011年11月。浜田裕介とのジョイント・ツアーで行った。中心地からは少し離れているが、店の目の前が桂川で、いい風が吹く。時間がある時は、嵐山を眺めながら渡月橋の辺りまでブラブラ散歩する。
 今年の浜田裕介とのジョイント・ツアーも、この音やからスタートだ。今年で5年連続になる。
 詳細と予約は、こちらから。

 以前、高橋研さんも交えてツアーで行った時の映像、〈傷だらけの天使〉


photo : Takuji


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2017年4月21日金曜日

「No」は「No」で返ってくる

人に「No」を突きつけるのは簡単なこと
でもその時「じゃあ、おまえはどうなんだ?」と考えると
ほとんどの「No」は
自分に突き刺さってくる


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2017年4月20日木曜日

若手女性シンガーの歌を聴く

 ずっと応援してくれている大阪のファンの男性から教えてもらった、若手女性シンガーの歌を聴く。彼はいつも俺にたくさんのヒントをくれる。

 あいみょんの〈生きていたんだよな〉は、すごい。女性シンガーの歌でピンと来ることは実はあまりないんだが、自分と同じDNAを感じてしまった。
 俺がデビューしたくらいの時代だったら、この歌は放送禁止になるか、自主規制でリリースできなかったかもしれないな。

 白波多カミンは、アルバムの中で〈バタフライ〉が胸に残った。言葉のチョイスが独特だ。


 以前、代官山のライヴハウス「晴れたら空に豆まいて」での企画として、俺が若手女性シンガーを招いてジョイント・ライヴをやるシリーズをやったことがある。タイトルは〈Beast meets Beauty〉。「美女と野獣」ならぬ「野獣が美女に出会う」ライヴ。
 発案者だったライターの角野恵津子さんが亡くなってしまい、企画は4回で終わった。

 そのライヴで出会った矢野絢子さんが歌う〈ニーナ〉は、最初に聴いた時に鳥肌が立った。
 俺と一緒にプレイしている動画があるから、ぜひ見てね。


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2017年4月19日水曜日

〈ONE〉オープンから2ヶ月

 オフィシャル・ファン・コミュニティー〈ONE〉、〈Live Video〉に、2017/4/15 harness〈熊本応援ライヴ Vol.4〉から〈今までの僕は〉の動画を掲載した。

 〈ONE〉がスタートして、そろそろ2ヶ月。制作サイドの作業ペースも軌道に乗ってきた。不具合や疑問などあったら、いつでも以下のアドレスまで問い合わせてね。

ONE運営事務局
support@takuji-one.com

 〈ONE〉のコンテンツを紹介するサイトはこちら。動画やラジオなどを少しだけ体験できるよ。


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2017年4月18日火曜日

Wonder 4からWonder 5への道のり

 FRUITS EXPLOSIONという、二回りも年齢が違う若手バンドのライヴを見に行ったのが2008年のこと。決してうまくはなく荒削りだが、勢いだけはあったバンドから、ギター、ベース、ドラムに声をかけて作ったパーソナル・バンドが、Aloma Black’sだ。サックスのSMILEYにも声をかけ、3年ほど彼らと全国を回った。そのサウンドの集大成は、〈Circle Game Final Stage!!〉というCD+DVDで形に残した。


東京 恵比寿 LIVE GATE TOKYO@EBISU 2011/5/1


 その活動と並行して、ギターのMercyと2人のユニットでのサウンドも作り始めた。少し遅れて、バイオリンの磯部舞子 ベチコと2人のユニットでのライヴも始めた。
 そのふたつは同じ歌をやっていても違うアレンジだったが、「このふたつを融合させたら、きっと新しいバンド・サウンドになる」と確信していた。

 ギター Mercy、バイオリン 磯部舞子、ベース 天神タケシ、ドラムス 渡邊芳登、このメンバーをWonder 4と名づけてライヴをやったのが、30周年記念の時。


東京 渋谷 LIVE STAGE GUILTY 2013/4/6


 それ以来、メンバー全員が結集することはできなかったが、この秋の〈還暦記念ライヴ〉ではバンド・ライヴを計画している。
 そこに登場させるつもりなのが、ピアノの信夫正彦。トータルでWonder 5だ。やっぱり正義の味方は5人組じゃないとね。これで色分けもできる。「さしずめベチコは、Wonder ピンクだな」と言ったら、「私、赤紫がいいです」だって。

 そんなバンド・ライヴに向けての大きな一歩が、5/6の信夫君をサポートに迎えてのライヴ〈New Days“125”〉だ。内心では〈小山卓治 with Wonder 1〉と名づけ、頭の中ではすでにWonder 5のサウンドが生まれている。そこへ着実に近づけるためのライヴだ。

 新しい歌を、新しいメンバーと、新しいサウンドで歌う。ワクワクしないわけがない。



photo : Yukari Watanabe


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2017年4月17日月曜日

その熱意は本物なのか

中途半端な熱なら、ない方がいい
昨日と同じ温度だったら、自分を疑った方がいい
昨日より下がっているのなら、やめた方がいい
熱が冷めかかっていると気づいたら、今すぐやめた方がいい

それはただの惰性じゃないか?
こなしているだけじゃないか?
手慣れた仕事をしているんじゃないか?

それでもやるべきだと思うのなら
割り切った方がいい
余計な熱を全部排除して
ただただクールに
そんなやり方もある

「おまえはどうなんだ?」
自問自答の毎日


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2017年4月16日日曜日

心からありがとう!

 〈熊本応援ライヴ Vol.4〉は、すばらしい盛り上がりだった。
 アルバム《成長》の全曲披露、俺のギターの伴奏でお客さんに歌ってもらうコーナー、そしてリクエストに応えての選曲。

 ライヴの収益、〈熊本応援CD〉の売り上げ、トラベル・ギターの販売、そして募金、トータルで、¥134,931を、熊本への義援金として送る。心からありがとう!



photo : Yukari Watanabe


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2017年4月15日土曜日

やって来る

 やっぱり来る。ジワジワと近づいてくる。harnessに向かう人は、足元に気をつけて!




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2017年4月14日金曜日

熊本地震から1年

 熊本で大きな地震が起きて1年。地震の前と後では、多くのことが激変した。
 年老いた家族たちは、静かにゆっくりと老後を過ごすはずだったが、家は全壊して今は仮の住まい。やるべきことがたくさんあり、できないことがたくさんある。
 何より、体調が一番心配だ。離れて暮らす歯がゆさもある。
 去年の7月に帰った時、家族がみんな縮んでいるのを感じた。相当なストレスを抱えているのが手に取るように分かった。今年も6月に、1泊2日だけ帰ることにしている。顔を見るだけでも少しは安心できるだろう。

 明日は〈熊本応援ライヴ Vol.4〉。ほんの少しでも手助けができれば。


 オフィシャル・ファン・コミュニティー〈ONE〉に、4/1 東京 阿佐ヶ谷 harness 〈小山卓治 × 信夫正彦〉の写真を掲載した。


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2017年4月13日木曜日

〈熊本応援ライヴ〉の準備

 〈熊本応援ライヴ Vol.4〉へのたくさんのリクエストをありがとう。受付はこれで終了にする。明後日、来れる人は、ゆっくり楽しんでね。
 俺のギターの伴奏で歌いたい人募集にも、3人が手を上げてくれた。緊張しないで楽しんで歌ってほしいな。
 〈熊本応援CD〉も完成。これもお楽しみに。

01.欲望  [不明]
02.絶望のダンス  [2016/12/30 東京 阿佐ヶ谷 harness]
03.俺は帰って来たんだ  [2014/3/8 東京 自由が丘 Mardi Gras]
04.結晶  [2009/1/28 東京 LIVE GATE TOKYO@EBISU with SMILEY]
05.成長  [2015/2/28 東京 高田馬場 Live Cafe mon]
06.紫の夜明け  [2010/3/22 東京 高田馬場 Live Cafe mono]
07.談合坂パーキングエリア  [2011/4/14 東京 恵比寿 天窓.switch with 河口修二]
08.長すぎる夜と遠すぎる朝  [2016/12/30 東京 阿佐ヶ谷 harness with SMILEY]
09.今までの僕は  [2017/1/210 東京 阿佐ヶ谷 harness]
10.虹の袂  [2015/10/2 大阪 ANOTHER DREAM]
11.ばあちゃんごめんね  [熊本弁 ポエトリー・リーディング]

 どうしても東京ばかりの開催になっちゃうのは、申し訳なく思っている。



photo : Yukari Watanabe


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2017年4月12日水曜日

安らかに

 J・ガイルズ・バンドのJ.ガイルズが死去。この名前を知らなくても、きっと〈Centerfold(堕ちた天使)〉は聴いたことがあるだろう。
 この歌がヒットする以前のR&Bの色が濃かった頃の歌を、アマチュアの頃よくコピーしていた。
 こんな追悼文を、これから何度ここに書くことになるんだろうな。
 安らかに。


2017年4月11日火曜日

ロイ・オービソンの歌声

 ブルース・スプリングスティーンの1975年の大ヒットアルバム《明日なき暴走》に収録されている〈サンダー・ロード〉に、こんな歌詞がある。

ラジオからはロイ・オービソンが
孤独な者に歌っているのが聞こえる

 1987年の、ロイ・オービソン復活ライヴ《BLACK & WHITE NIGHT》の30周年記念エディションを買って、30年ぶりに聴き惚れた。当時はVHSで買ったな。
 ゲスト・ミュージシャンとして、ブルース・スプリングスティーン、エルビス・コステロ、J・D・サウザー、ジャクソン・ブラウン、ボニー・レイット、トム・ウェイツなどなど、超豪華。
 バックでギターを弾いているブルースが、アイドルを見るようなキラキラした目でロイ・オービソンの背中を見つめている。

 30年前、たくさんのサポートを得て復活したロイ・オービソンは、ジョージ・ハリスン、トム・ペティ、ボブ・ディラン、ジェフ・リンとのバンド、トラヴェリング・ウィルベリーズに参加した直後、52歳で急逝した。
 ビートルズにさえ影響を与えた偉大なシンガーが、全盛期のままの声で歌い続け、その享年が、52歳だったなんて。


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2017年4月10日月曜日

庄野真代さんの姿勢

 4年ほど前、札幌のイベントに呼ばれた時、共演者に庄野真代さんの名前があった。かつて〈飛んでイスタンブール〉が大ヒットした、いわゆる歌謡界のシンガー。
 その他の出演者は、俺を含めてフォーク系の人が何人か。不思議な取り合わせのイベントだなと思っていたが、蓋を開けてみれば何のことはない、俺たちは15分ほどの持ち時間で、最後に庄野真代さんがたっぷり1時間ほど歌った。つまり俺たちはただのにぎやかしだった。
 歌い終えた俺は、客席の後ろで庄野さんのステージを聴いていた。ピアニストだけの伴奏で、まあ営業的な感じではあった。
 イベントが終了してMCがしゃべっている間に、庄野さんはステージ衣装のまま、ロビーの物販が並ぶテーブルに移動して、直立で立ち、三々五々帰っていくお客さんやCDなどを見るお客さんに丁寧に対応していた。
 その姿勢には感心した。

 俺は今までどうしていたか。
 楽屋でメンバーとしゃべりながらビールを飲んでふんぞり返っていた。サインも受け付けなかった。どこかで「俺たちゃロックだからよ」みたいに思っていた。奢りだ。
 今はライヴ後は、できる限りお客さんと向かい合うようにしている。そこでのおしゃべりの中に、次へ向けてのちょっとしたヒントを見つけることもある。


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2017年4月8日土曜日

浜田裕介とのツアー

 四万十市に住み、全国をツアーで回っているシンガー浜田裕介と、今年も4日間のジョイント・ツアーをやる。彼とのツアーは2009年から毎年続いている。

 京都の音やは、浜田裕介とこれまで何度も行った店だ。桂川のほとりで、渡月橋まで歩いていける場所にある、とてもいい雰囲気の店だ。ママさんのキャラが濃い。京都より大阪寄り。

 広島 OTIS!は、俺のソロ・ツアーで何度も行ったが、今回は初めてのジョイント。とはいえ、ソロ・ライヴと同じくらいたっぷり歌うよ。ここのマスターもキャラが濃い。

 下関の“T”Gumboは、以前から浜田裕介を応援してくれている店で、俺は去年、初めて行った。初山口県でのライヴだった。コンパクトな店だが入りきれないくらいお客さんが集まってくれた。

 福岡 みどりや食堂は、去年初めてソロ・ライヴをやらせてもらった。名前の通り居酒屋なんだが、食事がとにかくおいしい。店主の福田さんは元ARBの白浜さんと旧知の仲で、去年の白浜さんとのツアーではベースも弾いてくれた。
 ツアーの詳細はこちらから。

 浜田裕介を知らない人も多いと思う。何はともあれ〈呼吸-Breath-〉を聴いて。俺が思う、今の時点での彼の最高傑作だ。

 2人でプレイした〈種の歌〉の動画はこちら。




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2017年4月7日金曜日

とても小さな一歩だけど

 横浜の馬車道にある小さなライヴ・バー、Routineでの〈投げ銭ライヴ〉。

 トップで登場したTAKA君のライヴを聴きながら、どんなアプローチでいくか迷ったが、やっぱり変化球じゃなくストレート勝負にした。
 来てくれた人数は少なかったが、とても温かい雰囲気だった。普段会場で見かけない昔からのファンの人も来てくれて、当時のCDにサインしたりした。
 俺よりもだいぶ年上の方が、「〈ばあちゃんごめんね〉っていうより〈かあちゃんごめんね〉の方がリアルなんだよなあ」なんてひと言には笑っちゃったな。

 とても小さな一歩だけど、次につながった気がした。



photo : TAKA


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2017年4月6日木曜日

セット・リストと、歌に必要な空間

 facebookの〈ビジター投稿〉に、Katsunori Nishizawa‎君が〈小山卓治 × 信夫正彦〉のライヴ・レポを書いてくれた。いつも熱気たっぷりの文章でライヴを再現してくれる。


 今回のセット・リストにも、こだわりがあった。
 以前、〈天使の歌う朝〉から〈光のオルガン〉につなぐセット・リストでやったことがある。この時に2曲をつなぐキーワードは“光”だった。

 今回は〈天使の歌う朝〉から〈靖国通り、月曜の午後〉へつないだ。この2曲の歌詞には「天使」が出てくる。
 〈天使の歌う朝〉で、「この街のどこかに天使がいる」という都市伝説的な設定を作った上で、次の〈靖国通り、月曜の午後〉で、天使の存在をうっすらと感じている男女を登場させた。その男女を、〈天使の歌う朝〉の天使が見下ろしている、そんな光景を描きたかった。

 ここでひとつ足りないものがある。“歌に必要な空間”だ。ステージにある程度の空間がないと、歌の世界を表現しきれないことがある。歌がお客さんの心に届くまでに、空気の層が欲しい。
 これは写真にも同じことがいえる。ステージの奥行やタッパがある方が、絶対いい写真になる。
 今の状況では致し方ないことだが、これは俺にとって必要条件だ。


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2017年4月5日水曜日

人生初〈投げ銭ライヴ〉

 明日は、オフィシャル・ファン・コミュニティー〈ONE〉メンバー、Taka君の企画ライヴに出演する。人生初の投げ銭ライヴ。
 初めて俺の歌を聴いてくれる人が多いだろうから、基本に立ち返ったセット・リストで望もうと思う。もちろんのこと、全力で挑む。どんなライヴになるのか、すごく楽しみだ。

 ファンの人がライヴを企画して呼んでくれることが最近増えてきた。7/15 千葉 佐倉でのライヴもそうだ。「私の街で卓治の歌を聴きたい」、そんな気持ちには、できる限り応えたいと思っている。


 オフィシャル・ファン・コミュニティー〈ONE〉に、4/1 harness〈小山卓治 × 信夫正彦〉から、〈Soulmate〉の動画を掲載した。


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2017年4月4日火曜日

マイ・マイク

 以前エンジニアの勧めで、SHUREのマイク、SM58、通称「ゴッパ」を2本購入して、センターとピアノのマイクとして使っていた。このマイクは一番ポピュラーで、どのライヴハウスに行っても必ずある。ただ、ライヴ・ハウスのマイクは相当使い込まれたものが多くて、ヘタっていることも多い。
 信夫君は、AKGのD5をマイ・マイクとして持って来ていた。このマイクはharnessにも常備してある。
 俺の最近のマイ・マイクは、SHUREのKSM9というコンデンサー・マイク。これは優れものだ。音の透明感とハリがはんぱなくいい。俺の声質とも合っている。
 マイクも、ギターと同じで大切なアイテムだ。



photo : Yukari Watanabe


 オフィシャル・ファン・コミュニティー〈ONE〉に、自由が丘 Mardi Grasの〈Live Photograph〉を掲載した。
 〈ONE〉紹介サイトはこちら。


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2017年4月3日月曜日

キラキラとギラギラ

 市ヶ谷で電車を降りて、お堀に続く桜並木を歩く。五分咲きくらいかな。桜の下を歩くと、いつの間にか歩く速度が遅くなっていく。

 法政大学はちょうど入学式で、たくさんの若者が集ってキラキラしていた。
 俺も大学の入学式には出た。中退したから卒業式には出ていないけれど。俺もその頃はキラキラしていた、と思う。ただ十分に屈折だけはしていた。「何とかしなきゃ」と必死で思いながら、何ともならず、「こんな腐った街、すぐに出ていってやる」と毒を吐きながら、バイトを続けていた。
 二十歳の頃まではキラキラだったが、いつの間にか、ギラギラしていた。
 キラキラしたものに強く恋い焦がれながら、ギラギラする。それが俺のやり方になってしまった。曲作りのスタンスになってしまった。


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2017年4月2日日曜日

次につなげるセッション

 昨日のジョイント・ライヴ、まずは信夫君のステージを堪能した。彼の歌世界からはいろんな匂いがしてくるが、聞いてみると意外や唱歌的なものが好きだとか。俺も子供の頃はNHKの「みんなの歌」で流れる歌をよく歌ってたっけ。

 アンコール・セッションでは、お互いの歌を2曲ずつプレイ。俺の歌のセレクトは、今後、彼が俺のバンドでピアノを弾いてくれることを頭に入れた上でのもの。信夫君の曲ではギターとコーラスで色をつける。
 当日のリハーサルで1回合わせただけとは思えない、ジャストのノリだった。正確ということではなく、ノリがうねりながらからまっていくというか。やりながらゾクゾクした。
 彼とは長いつきあいになるだろう。



photo : Yukari Watanabe


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2017年4月1日土曜日

案の定な空模様

 いよいよ初のジョイント・ライヴ〈小山卓治 × 信夫正彦〉
 で……桜も咲いたというのに、関東は雨模様の寒波だ。うーん、さすが自他共に認める雨男の俺。
 デビュー・ライヴの下北沢は雨だった。30周年ライヴの渋谷はゲリラ豪雨だった。今年の9月に考えている〈還暦記念ライヴ〉では、何が降ってくるのやら。

 秋の九州は台風のシーズンで、俺が生まれた日は熊本に台風が上陸し、強風で雨戸が吹っ飛んだそうだ。この話をすると、みんな妙に納得しながら大笑いする。

 でもきっといいライヴになる。遊びにおいでよ。



photo : Yukari Watanabe


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2017年3月31日金曜日

トラベルギターで熊本支援を

 昨日のダイアリーを読んで、リクエストや、俺のギターで歌いたい人からコメントが届き始めている。4/15は楽しさ満載のライヴになりそうだ。


 ファンの人から〈熊本応援ライヴ〉に関して、こんな提案をもらった。
「以前、小山さんが引っ越しをする時に、使わなくなった私物をプレゼントしたことがありましたね。今回のライヴで〈卓治の私物オークション〉というのはどうでしょう」

 2010年に友人2人と韓国にライヴに行った時、国際線に乗せるからと俺はギターをハード・ケースに入れて、2人はソフト・ケースに入れてきて、「壊れたらどうすんだよ」なんて言っていた俺のギターだけネックにヒビが入った。
 それを踏まえて、2年前に香港に行った時は、壊れても惜しくない安価で小振りなS.Yairiのトラベルギターを買って持って行った。ホテルや公園でそのギターを抱えて〈ハヤブサよ〉や〈パパの叙事詩〉を作った。

 戻ってきて、一度ライヴで使ったきり、今は仕事部屋に置きっぱなしで使っていない。欲しい人がいたら買ってもらって、それも熊本支援に回そうと思う。
 オークションなんていうと大げさになりそうだから、希望者が複数いたらジャンケンで決めて、当日持って行く募金箱に気持ちの金額を募金してもらうという方法にする。

 みんなの協力をお願いします。



photo : Takuji 「香港の公園で」


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2017年3月30日木曜日

熊本応援ライヴ Vol.4

 俺の故郷の熊本で大きな地震が起きたのは、去年の4/14と16。もうすぐ1年たつ。
 去年は〈熊本応援ライヴ〉を3回やった。今年も、4/15と10/14にharnessで開催する。この〈熊本応援ライヴ〉は、これから年に2回のスパンで、熊本の復興が終わるまで続けるつもりだ。

 4/15のライヴは、アルバム《成長》の全曲披露ライヴにする。曲が生まれたエピソードやレコーディングのこぼれ話などしながら全10曲を歌う。

 そして去年もやった企画で、俺のギターの伴奏で歌いたい人を募集する。これまで、女性が歌う〈最初の奇跡〉、男性が歌う〈Aの調書〉、〈酒と泪と男と女〉を熱唱してくれた男性もいた。
 先日の自由が丘 Mardi Grasのライヴ後、早くも1人参加を表明してくれた。歌うのは〈カーニバル〉の元歌で、メロディは一緒だが、歌詞はアマチュアの頃に作ったもの。昔、1回だけライヴで歌ったことがある、と、彼は言うんだが、俺はまったく記憶にない。歌詞を見せてくれて「これで合ってますか?」って聞かれたんだが、憶えてないってば。
 やってみたい人は、ここのコメントフォームから、参加表明を送ってね。

 そして、何曲かリクエストにも応えようと思う。全部の歌詞を持っていく。これも前もってコメントフォームから送ってくれてもいいよ。
 さらに当日限定販売で、最近のライヴテイクを5曲ほど収録した〈熊本応援CD-R〉を作る。
 ライヴの収益とCD-Rの売り上げは、熊本支援に送る。

 〈熊本応援ライヴ〉は、毎回いろいろな企画を立てて、みんなに楽しんでもらおうと思っている。まずは4/15、遊びにおいでよ。



photo : Yukari Watanabe


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2017年3月29日水曜日

信夫正彦のビート

 4/1はharnessでジョイント・ライヴ〈小山卓治 × 信夫正彦〉
 いつものようにお互いの曲をセッションする。信夫君からセッションの音資料が届いた。彼の独自の世界観があって、すごくいい。

 ドラムとベースなしのピアノだけの演奏で、ボーカリストが歌えるだけのビートを出せるピアニストは、そうはいない。小手先のテクニックと体で刻むビートは、まったく別のものだ。
 信夫君は自分でも歌を作って、ピアノを弾きながら歌っているから、そのビートを持っている。

 去年の信夫君をサポートに迎えたライヴでは、ピアノがアレンジの軸になっている歌をセレクトしてやった。〈1 WEST 72 STREET NYNY 10023〉、〈ILLUSION〉、〈The Fool On The Build’〉。そして元アレンジからガラリと変えて俺がソロでピアノを弾いて歌っていた〈紫の夜明け〉なども。
 他にもピアノありきで歌いたい歌は、実はたくさんある。それをこれから信夫君と作っていく。
 彼も、俺の新しいSoulmateになってくれるはずだ。


 オフィシャル・ファン・コミュニティー〈ONE〉に、自由が丘 Mardi Grasのライヴから〈孤独のゲーム〉の動画を掲載した。
 〈ONE〉紹介サイトはこちら。



photo : Yukari Watanabe


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2017年3月28日火曜日

フラメンコ・ギタリストの爪

 ギターをかき鳴らすと、右手の人差し指の爪が弦に当たって、すり減ったり割れたりする。そうするとアルペジオができなくなる。長年の悩みの種で、厚めにマニキュアを塗ってみたり(ちょっと不気味)つけ爪や、ピンポン玉を切って貼ってみたりしたが、どうもしっくりこない。

 何年か前にナイスな情報を聞いた。フラメンコのギタリストは指で激しくギターをかき鳴らす。彼らが普段から愛用しているのが、アロンアルファ 釣り名人。爪の上にティッシュなどを置いて、その上からアロンアルファを塗って固める。彼らが日本に来る時にはまとめ買いをするとか、スペインの楽器店にはアロンアルファが売ってあるとか。
 さっそくやってみた。ワンステージ終わって見ると、けっこうすり減っていたが、爪は無事だった。こりゃいいや。
 ということで、常に10個くらいずつまとめ買いしている。アロンアルファにはいろんな種類があるが、これが一番いい。amazonのカスタマーレビューを読むと、ギタリストの感想しか載っていない。


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2017年3月27日月曜日

愛人たち

 シンガーにとってギターは女房のようなもの、という人がいる。でも俺的にギターは女房じゃない。なぜって何台もギターがあって、それをとっかえひっかえしながらライヴをやっているからだ。つまり、愛人みたいなもの。

 ギターには全部名前をつけている。だって愛人なんだし。
 80年代からずっと使い続けていたTAKAMINE PT-406の名前は、マチルダ。大好きな映画『LEON』の女の子の名前。その子、ナタリー・ポートマンが後にアカデミー主演女優賞を取るとは思わなかった。
 2000年くらいに購入したGibson DOVEには、キャサリンと名づけた。通称キャシー。キャサリン・ヘプバーンの凛々しいイメージから。
 その後に購入したMartinの12弦ギターは、シャルロット。シャルロット・ゲンズブールの可憐な感じ。まあ、Martinはアメリカ製だけどね。

 そして今、一番腕に抱き続けている愛人、Gibson J-45は、アンジー。アンジェリーナ・ジョリーのセクシーさから。
 俺は愛人に対して決して優しくは接しない。「鳴れ! 鳴りやがれ!」と打楽器ばりに弾き倒す。最初は鳴ってくれなかったアンジーも、今ではセクシーな声を出す。
 アンジーは2013年の秋に購入し、北は旭川、南は西表島まで旅をしてきた。まだまだ旅は続く。



photo : Yukari Watanabe


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2017年3月26日日曜日

“ライヴ”は“生きている”

 自由が丘 Mardi Grasは、熱気に満ち溢れた。
 facebookにいつもライヴレポを書いてくれるKatsunori Nishizawa‎君が、今回もリアルなレポートをさっそく載せてくれた。ぜひ読んでね。

 昨日も様々なアプローチでセットリストを考えて望んだ。それでも、客席の空気を感じ取ると変えたくなる。
 本編最後の客席からの歌声があまりに素敵だったから、もっと歌声を聴きたいと思った。一緒に歌いたいというお客さんの気持ちも感じた。アンコール1曲目は、若干クールダウンの歌を用意していたが、一緒に歌える〈Blind Love〉に替え、その流れで2曲目も変更した。
 英語表記では、ライヴは「gig」の方が正しい。「live」は、まさに「生きている」という意味。
 “ライヴ”は“生きている”。


 ライヴ後、一番前のセンターに座っていた男性と少し話した。彼はこのダイアリーを読んで、初めてライヴに足を運んでくれたとのこと。すごい嬉しいね。

 MCで話したが、4/15 harnessでの〈熊本応援ライヴ Vol.4〉は、アルバム《成長》を全曲歌うライヴにすることにした。詳しいことは、また近々。



photo : Yukari Watanabe


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2017年3月25日土曜日

ライヴのカタルシス

 「今日のライヴ、楽しかった。好きな歌がたくさん聴けたし」

 そんなライヴがやりたいんじゃない。

 感動というのは、一種の心の傷。ライヴではお客さんの心に傷をつける。そしてライヴのラストでその傷を癒す。それがライヴのカタルシスだ。
 心と心の間で何かが交感されなければ、ただの発表会だ。
 一期一会でなければ、ただの同窓会だ。

 そんなことを思いながら、いつもステージに向かう。


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2017年3月24日金曜日

ぴかぴかのカースケ

 ぴかぴかのドラムは、今や日本で屈指のドラマー、カースケだった。ぴかぴか解散の後、カースケは2年ほど俺のパーソナル・バンドにいた。
 カースケの方が年下で、たまに両方の知り合いから、「カースケは卓治より年下なのに、なんで“卓治”って呼びすてなんだよ?」と聞かれると、カースケは「だってこいつ、俺のローディーだったんだもん」なんて笑って言う。俺はデビュー前、ぴかぴかの楽器も運んでいた。
 アルバム《ひまわり》のほとんどと《Passing》の全ドラムをカースケが叩き、それから18年後の《種》で、また一緒にやることができた。
 余計な主張はいっさいせず、歌を引き立たせることを最優先する、本当にすばらしいドラマーだ。

 懐かしい写真があった。アルバム《種》のリリースに合わせたツアー〈Planting Seeds Tour〉のファイナル。2004/3/21 東京 初台 DOORS。
 ドラム : カースケ、ベース : スティング宮本、キーボード : たつのすけ、ギター : 中野督夫、サックス : SMILEY。


 さて今日は、河村博司君のスタジオへこもる。




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2017年3月23日木曜日

ぴかぴかのMIDORI

 1982年、プロダクションが決まり、「デビューまでしばらくあるから、曲を書きながらローディーのバイトをしなさい」と言われ、RCサクセションのローディーをやっていた。
 同時に、当時所属していたシーナ&ロケッツの楽器も運んでいた。鮎川さんとシーナさんが、当時まだ幼かった娘さん2人をリハーサル・スタジオに連れてきて、リハーサルの間、「お兄ちゃん、かくれんぼしよう!」と言われて、楽器が積み重ねられたスペースでかくれんぼをした思い出がある。

 ぴかぴかというバンドも所属していた。そのボーカルがMIDORIちゃんだ。
 ぴかぴかを解散して、MIDORIちゃんはソロ・アルバムを出すことになり、俺に曲を依頼してくれた。彼女の当時のタフなボーカルのイメージだけじゃなく、もっと女性としてのはかなさを歌ってほしくて、〈Thunder Boy〉と〈P.M.11:11〉を書き下ろした。
 ソロ・アルバム《Sanctuary》は1988年にリリースされ、〈Thunder Boy〉が収録された。残念ながらすでに廃盤だが、さすがインターネット、amazonで「小山卓治 MIDORI」で検索すると、中古だが今でも購入できる。
 リマスタリング盤《VANISHING POINT》のボーナス・トラックに、俺のライヴテイク〈Thunder Boy〉を収録している。

 結婚して、旦那様と自由が丘にMardi Grasをオープンさせたのが1992年。何度か飲みに行ったことがあるが、その後疎遠になった。
 2013年の30周年記念ライヴをひさしぶりに見にきてくれたMIDORIちゃんと再会し、「Mardi Grasでも歌ってよ」と誘ってもらって、最初のライヴがその年の7月。それからもう8回歌ってきた。
 毎回、2曲ずつMIDORIちゃんとセッションするのが恒例になっている。彼女の歌声をみんなに聴いてもらえるのが、いつも嬉しい。


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2017年3月22日水曜日

女性ボーカルで聴く〈ひまわり〉

 今週末は、自由が丘 Mardi Grasでソロ・ライヴ。
 Mardi Grasでは、毎回MIDORIちゃんとセッションしている。前回やってすごくいい雰囲気だったが、ちょっとMIDORIちゃんがミスっちゃった〈ひまわり〉を、改めてやることにした。女性の声で聴く〈ひまわり〉は、まったく違う世界を見せてくれる。

 〈ひまわり〉の歌詞には、一人称がない。登場人物として「その人の女房」「その人」「たまり場の女たち」がいるが、彼らの言葉はない。歌詞はナレーションのように情景を描写する。だから女性が歌っても成立する。

 俺が出演したゲーム〈428 封鎖された渋谷で〉の総監督イシイジロウさんは、〈ひまわり〉を「望遠レンズで遠くから静かに狙った言葉」と表現してくれた。嬉しかったな。




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2017年3月21日火曜日

デビュー34年、ダイアリーは2ヶ月

 ファンの人からメッセージをもらうまで忘れていた。今日でデビューして34年だ。感慨にひたるタイミングではないが、まあ、めでたいとしておこう。
 オフィシャルfacebookにファンの人が送ってくれた写真を転載。いや、俺にだってこんな時があったんだってば。
 これはデビュー直前、初めて取材を受けたセブンティーンに掲載された写真だと思う。セブンティーンって……。今だから思うけれど、プロモーションの軸がブレブレだ。


 ダイアリー〈Naked Voice〉を一般公開して書き始めて、2ヶ月たった。
 読んでくれている人のデータは、ある程度、統計として見ることができる。もちろん個人情報までは分からない。
 国別のデータも出る。日本がほとんどだが、他に、アメリカ、アイルランド、オランダ、オーストリア、ロシア、ブラジル、香港、フランス、韓国、アルジェリア、フィリピン、ポーランド、台湾、シンガポール、ドイツ、インド、オーストラリア、タイ、アルゼンチン、イギリス。すごいね。

 facebookやTwitterで共有することもできるようになっている。よかったら拡散してね。




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2017年3月20日月曜日

横浜で目撃したキング・オブ・ロックンロール

 チャック・ベリーが亡くなった。

 1982/8/7、横浜スタジアムで、チャック・ベリー、サム&デイヴのサム・ムーア、そしてRCサクセションが同じステージに立った。俺はその場にいた。RCサクセションのローディーとして。
 サム・ムーアとバンドがトップで演奏し、ライヴを終えたメンバーと、これからステージに向かうRCサクセションが、通路ですれ違った。清志郎さんのメイクと衣装を見て、サム・ムーア・バンドの女性コーラスの方が大受けしていたのを憶えている。
 トリはチャック・ベリー。たった1人で来日して、ドラムとベースとピアノは日本のミュージシャンを雇うというスタイルだった。「俺の歌だ。当然やれるよな?」みたいな感じだった。本番が始まり、何度かピアニストに注文をつけていたが、途中で業を煮やして「Get Out!」と本番中にクビにした。その後は自分でピアノソロも弾き、ダック・ウォークを見せつけた。
 安らかに。

 当時のRCサクセションは、大ブレイクの真っ最中。お客さんは2万人を越えていたと思う。
 俺は軍手をはめて、サックスの梅津和時さん率いるホーン・セクションの後ろにいて、メンバーが前に飛び出すたびにシールドをくり出し、戻るのに合わせてシールドを巻いた。

 ローディーの仕事をちゃんとやらなくちゃいけないと分かってはいても、俺はずっと清志郎さんの背中を見ていた。その向こうに壁のようにそびえる2万人のオーディエンスを見ていた。


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2017年3月19日日曜日

8カ国語の〈種の歌〉と、たんぽぽの写真

 一昨日紹介した詩集のfacebookの他に、もうひとつオフィシャルのfacebook〈Seed Song〉がある。
 アルバム《種》に収録した〈種の歌〉のメッセージを、もっとたくさんの人、世界の人に伝えたいと思いつき、7カ国の言葉に歌詞を翻訳したテロップ入りのビデオを制作した。
 英語、フランス語、イタリア語、スペイン語、中国語、韓国語、インドネシア語。
 これらの言葉を話す友人がいたら、ぜひ教えてあげて、メッセージを広げる手助けをしてね。

 facebook〈Seed Song〉は、そこからスタートし、30周年のタイミングでは、世界中からたんぽぽの写真を募集するという期間限定企画も立ち上げて掲載してきた。2012年くらいまでスクロールすると見ることができる。

 その後は、俺がツアー先などで見つけたたんぽぽを撮影した写真を掲載している。最近では、去年行った南相馬で見つけたひまわり畑に咲いていたたんぽぽ。これは今後も続ける予定だ。たまにのぞいてみてね。



photo : Takuji 「ブーケを君に」


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2017年3月18日土曜日

人生初、投げ銭ライヴに出演

 唐突だけど、4/6(木)、投げ銭ライヴに出演することになった。場所は横浜 馬車道の、LIVE BAR Routine(ルーティン)
 主催するのは、デビュー当時からずっと応援し続けてくれていて、ファンクラブの会員ナンバーが常に「01」のTaka君。詳細は彼のfacebookを見てね。予約方法は、近日中に掲載するとのこと。問い合わせも、お店ではなくこちらのfacebookへ。

 一昨年の11月だったな。北海道で5本のツアーをやって、すっかり燃え尽きて「さあ帰ろう」と空港へ向かったら、大暴風雪に見舞われて飛行機が欠航。
 「どうせ帰れないんだったら、もう1本ライヴやってやる!」と、知り合いのカフェに頼み込んで、やらせてもらうことになった。その時に冗談で「投げ銭でやるか」なんて言っていたんだが、ファンの人から「投げ銭っていくら払っていいか分からないんで、値段を決めてもらった方がいいです」と言われ、値段を決めてやった。

 行ったことのない所へは、行ってみなければ。
 食べたことのないものは、食べてみなければ。
 やったことのないことは、やってみなければ。
 人生初の、投げ銭ライヴ。

 さあさ、お代は見てのお帰りだよ!


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2017年3月17日金曜日

『詩集 旅をする言葉』 完売間近

 2013年3月のデビュー30周年の時、デザイナー小山雅嗣君の主導で出版された初の詩集『旅をする言葉』。あと残り8冊となった。たくさんの人の手元に届いた詩集は、今も旅をしているかな。

 詩集のfacebookに、ひさしぶりにコメントを掲載した。
 詩集の詳細はここを見てね。


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2017年3月16日木曜日

『東京ゴッドファーザーズ』から始まって

 今敏監督が残した映画、全4作品を見た。『PERFECT BLUE』『千年女優』『パプリカ』。
 映画や小説は、好きになった監督や作家の作品を全部見たり読んだりすることが多い。しかし音楽だけはちょっと違う。
 同業者として、ついつい分析してしまって、ちっとも楽しめない。コード進行を耳で取ったり、メロディの展開を探ったり、言葉の乗せ方をチェックしたり、スネアの音がとか、楽器のバランスがとか、アレンジの方法がとか、楽しむどころか聴いていて大忙しだ。
 だから「いい曲だな」と感心することはあっても、感動することなんて滅多にない。
 自分の固定観念や既成概念を根底からくつがえすくらいのパワーと魅力を持った歌と出会った時だけ、分析なんて吹っ飛んでしまう。いつもそんな音楽と出会いたいと思っている。

 映画関係の友人がいて、裏話などを聞いてしまうと、げんなりする。同じように俺が音楽の裏話をしたら、相手はげんなりするだろう。
 映画や小説だけは、いつまでも素人のまま作品と出会いたい。


 オフィシャルサイト〈ONE〉に、藤枝のライヴから〈Aspirin〉の動画を掲載した。
 リニューアル前の〈ONE〉では、3ヶ月に1回のウェブマガジンに動画を掲載していたから、タイミングによっては最長3ヶ月遅れの掲載になっていた。今はリアルタイムで動画を見てもらえる。
 興味があったら、〈ONE〉詳細サイトをのぞいてみてね。


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2017年3月15日水曜日

新しいSoulmate、河村博司君

 先日のベチコとの話をさかのぼって、2011年8月。
 ローリング・ビーンズでベチコと2度目のシークレット・ライヴを開催した。その段階でベチコとは10本のライヴ・ツアーをやっていた。
 その日、フラリと見に来てくれたのが、元ソウルフラワーユニオンの河村博司君だった。ローリング・ビーンズのご夫婦に紹介してもらい、ライヴ後のお店での軽い打ち上げにも参加してくれた。その席で、ベチコと河村君が話し込んでいる姿があった。後で聞いたんだが、その翌日のライヴに、河村君がベチコを誘ったということだ。
 それから、河村君が様々なシンガーやミュージシャンをベチコに紹介し、ベチコのキャリアは大きく広がっていった。だから俺はきっかけを作っただけで、今のベチコの活躍は河村君と知り合ったことが大きい。

 1年半後、俺は河村君とジョイント・ライヴをやった。そこから何度もお互いのライヴに顔を出し、関係が深くなっていった。
 2014年、シングル〈パパの叙事詩 / Kiss〉をリリースし、その年にもう1枚シングルを出すことを考えている時、自然と河村君が浮かんだ。河村君のドラマチックで繊細で緻密なアレンジで歌いたいと思った。
 話はトントンと進み、彼のプライベート・スタジオに入り、〈光が降る / ばあちゃんごめんね〉をレコーディングした。〈ばあちゃんごめんね〉にはベチコも参加している。
 さらに去年、もう1枚のシングル〈美しい沈黙〉も河村君プロデュースでリリースした。

 お互いの音に対する取り組み方への理解もかなり深まった。かなりの回数、酒も酌み交わした。
 さあ次は、アルバムだ。




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2017年3月14日火曜日

ワインで支援を

 名古屋ライヴを見に来てくれた〈ONE〉メンバーの方から、ワインをいただいた。彼は、社会福祉法人 AJU自立の家にお勤めで、そこで作られたものだ。
 ワインを飲んで、それが誰かを手助けすることになるなら、そりゃもう喜んで。この週末に、ゆっくり味わいます。




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2017年3月13日月曜日

最高の3日間

 江口君とのライヴも、ビリビリするライヴだった。来てくれたみんな、本当にありがとう。
 写真は本番直前。藤枝 Caram Coromの裏階段のところで撮影。



photo : Takuji


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2017年3月12日日曜日

一体どうしたんだ

 というくらい、昨日の名古屋ライブもお客さんがたくさん来てくれて、最高の盛り上がりだった。
 たくさんの人に感謝します!

 ソロのでやる時のギターやピアノは、強弱やテンポの変化などを1人で自在にコントロールできる。
 サポートメンバーは俺に合わせなきゃいけないから、そこまでは自由にできない。でも何度かやっていくうちに互いの間が合ってきて、俺の息づかいを感じて一緒にクレッシェンドしたりできるようになる。それがグルーヴ。
 昨日のベチコとのサウンドでは、まさにそれができた。

 今日の藤枝で一緒にやる江口君は、まだ数回しかライヴをやっていないが、すでにその域に達している。
 ツアー3日目、さあ盛り上がろう。

2017年3月11日土曜日

すばらしい盛り上がり

 今回の大阪は、いつにも増してたくさんのお客さんが来てくれて、お互いの相乗効果ですばらしく盛り上がった。
 PAスタッフが作ってくれた音も完璧だった。

 ライブの後は、残ってくれたお客さんとプチ打ち上げをするんだが、15人ほど参加してくれて、みんなでワイワイ盛り上がった。
 ANOTHER DREAMのみなさん、来てくれたみんな、ありがとう。また来ます!

 車で一路、名古屋へ。TOKUZOで歌うのは10数年ぶりだ。



2017年3月9日木曜日

明日からツアー!

 大阪、名古屋、藤枝のツアーが明日から始まる。ソロパターン、ベチコとのアレンジ、江口君とのアレンジを、それぞれ頭に入れ直さなきゃいけないから、けっこう大変。
 去年に比べて今年はスロースタートだから、ひさびさに関東を離れてのツアー。なんかワクワクしている。たくさんの笑顔と歌声に会えるのがたのしみだ。
 先日配信したメールニュースで告知を始めた5月のライヴは、9本。これもワクワクだ。

 オフィシャルファンサイト〈ONE - Oyama Takuji Network Eyes〉に、先日の荻窪 BUNGAから、ライヴ写真と動画〈ばあちゃんごめんね〉を掲載した。
 メンバー以外の人も、このページで、ライブ動画やラジオが視聴できるよ。


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2017年3月8日水曜日

3人の想いがかなう日

 静岡県の藤枝に住むONEメンバー、TOSHI君から「ぜひ僕の街でライヴを!」と熱いメールをもらった。最初にライヴをやったのは2013年7月。小さな店だったが、呼んでくれた彼と仲間たちの熱意で満席だった。
 その店では、ギタリストの江口正祥君もライヴをやっていた。その頃からTOSHI君は「ぜひ藤枝で小山さんと江口さんのライヴが見たい」と言ってくれていた。
 その後、場所を変えながら藤枝で5回のライヴをやってきた。
 そして今回、TOSHIの念願であり、僕と江口君も「いつかきっと」と思っていた藤枝でのライヴが実現することになった。
 2/9に江口君をサポートに迎えた横浜 Thumbs Upでのセットリストとは、ガラリと変更するつもりだ。
 3/12 藤枝 Live & Dining Bar Caram Corom、ぜひおいでよ!




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2017年3月7日火曜日

亡き友へ贈る歌

 愛知県稲沢にあるイタリアン・カフェ・サルーテで初めてライヴをやったのは2013年3月のこと。地元の方から熱いオファーをいただいて、ベチコと行った。
 楽屋はなく、食事する場所もないからと、サルーテのマスターの古いお友達が「ぜひうちで食事してください」と車で10分ほどの自宅へ招いてくれて、心尽くしの夕食をいただいた。
 俺はこれまで4回サルーテで歌ってきた。ベチコは他のシンガーと一緒に俺よりも多くサルーテへ行っている。行くたびに、俺もベチコも、彼から歓待を受けてきた。俺の名古屋でのライヴにも奥様と一緒にいつも来てくださるようになった。

 去年の11月、名古屋でライヴをやった時、彼の訃報を聞いた。俺よりもずっと若かった。

 以前、ベチコが稲沢に行った時に彼と話していて、「僕は小山さんの〈Gallery〉が好きで、今ギターで練習してるんです」ということを聞き、彼のギターに合わせて、ベチコがバイオリンで伴奏を入れたという話を、彼が亡くなった後にベチコから聞いた。

 3/11の名古屋TOKUZOでは、ベチコと〈Gallery〉をプレイする。彼に届くことを祈りながら。



photo : サルーテ2013/3/25


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2017年3月6日月曜日

大阪 ANOTHER DREAM

 大阪 ANOTHER DREAMは、いつもオーナーから熱いオファーをいただいて、コンスタントにやらせてもらっている。PAや照明のスタッフも、すばらしい仕事をしてくれる。関東や名古屋では色々な会場で歌っているが、ここ数年の大阪でのソロライヴは、ANOTHER DREAMだけだ。

 ライヴが終わると、残ってくれたお客さんと軽く打ち上げをやる。その時にたくさんリクエストをもらって、それが次のセットリストの核になる。
 今週末もライヴを楽しんで、よかったらその後一緒に飲まない?

 いつもライヴ前にやるように、最近大阪で歌った曲をリストアップし、なるべくかぶらないセットリストを考える。「この曲は何年も歌ってないな」「この曲のアレンジを変えたパターンはやってないな」。そうやってリストアップしていったら、すごい濃いセットリストになってきた。ここからまとめあげるのが大変だ。
 3/10のライヴは、間違いなくいいライヴになる。




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2017年3月5日日曜日

荻窪 Live Bar BUNGA

 8ヶ月ぶりにベチコをサポートに迎えたライヴ。お客さんもたくさん来てくれて熱いライヴになった。
 〈Midnight Primadonna〉を初共演。

 次のベチコとのライヴは、3/11(土)名古屋 得三。遊びにおいでよ。




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2017年3月2日木曜日

かまやつひろしさんに哀悼を

 ザ・タイガース、ザ・テンプターズが大人気のグループサウンズの時代、一番音楽性が優れていたのはザ・スパイダースだった。というのは大人になってから気づいたこと。その音楽センスは、かまやつひろしさんのものだった。

 1997年10月、今はなき新宿 NISSIN POWER STATIONで、ウォッカコリンズと対バンした。
 ボーカル&ギターはアラン・メリルさん。ドラムはザ・テンプターズの大口広司さん。ベースはザ・ゴールデン・カップスの加部正義さん、そしてギターはかまやつひろしさん。
 俺のお客さんの方が多かった記憶はあるが、俺は完全に小僧だった。気持ち的には対バンではなく、ただの前座だった。

 子供の頃にテレビから流れていた〈やつらの足音のバラード〉が、かまやつさん作曲だと知ったのも大人になってからだ。2006年に東名阪で開催したアンプラグドライヴでこの歌を歌った。
 今週末、歌ってみようかな。

 楽屋でかまやつひろしさんに「僕はザ・スパイダースの大ファンで〈バン・バン・バン〉とかよく歌っています。今日は勉強させてください」と言った時、「いやあ照れちゃうなあ」と笑ったその笑顔のドスをはっきり憶えている。
 安らかにお眠りください。


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ベチコ その2

 2011年1月から始まったベチコとのライヴは、すぐに全国展開させた。
 これまで行ったのは、三重 桑名、札幌、大阪、福岡、熊本、鳥取 米子、鳥取 境港、名古屋、福井、沖縄 那覇、沖縄 石垣島、岐阜 海津、岐阜 揖斐川、愛知 稲沢。関東では、高田馬場、小平、町田、北参道、四谷、阿佐ヶ谷、渋谷、赤坂、下北沢、神奈川 藤沢、横浜、トータルで55本やってきた。
 ちなみに、2013年の30周年記念ライヴの時にベチコが着ていた衣装は、2011年1月にやった一番最初のライヴと同じ。ベチコなりのこだわりだったそうだ。

 ギタリストとやる時、バイオリンとやる時、バンドとやる時、俺はそれぞれの楽器の特性が生きるように大きくアレンジを変える。だからベチコのバイオリンなしでは成立しないアレンジの曲もたくさんある。

 俺と出会った時が、ベチコがちょうど開花するタイミングだったんだろう。様々なライヴに参加するようになり、そのキャリアを急激に大きくしていった。今ではかなり前から声をかけないとスケジュールを合わせるのがむずかしくなってきたくらいだ。

 2014年7月にリリースされたベチコのファースト・アルバム《ベチコ図鑑》には、出会いの場所ローリング・ビーンズでのライヴ・テイク〈談合坂パーキングエリア〉を収録してくれた。

 ベチコが参加しているCDは、30周年記念ライヴ《Carnival Thank You!30th Anniversary》、シングル〈2人のはるか〉〈パパの叙事詩 / Kiss〉〈光が降る / ばあちゃんごめんね〉。

 ベチコとのライヴも、これからまだまだ重ねていく。3/4 荻窪 Live Bar BUNGA3/11 名古屋 TOKUZO。7月には千葉県佐倉へ行く。

 これまでの曲のイメージをくつがえすほどの新しいアプローチ、新しい曲でのコラボ、やりたいことはたくさんある。アイデアは尽きない。ベチコのフレーズも尽きない。




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2017年3月1日水曜日

リニューアル〈ONE〉本日スタート

 お待たせ。13年目のリニューアル〈ONE - Oyama Takuji Network Eyes〉、いよいよスタートだよ。〈ONE〉メンバーにはお知らせメールを送るから、そこに記された新しいパスワードでログインしてね。

 誰でも視聴できる〈ONE〉の紹介として、〈散文詩(書き下ろしの詩+音楽+デザイン)〉〈フォトグラフ ダイジェスト〉〈ライヴビデオ ひまわり(2016/10/28 東京 渋谷 SONGLINES)〉〈Aspirin Radio ダイジェスト音声〉を掲載したから、このページをちょっとのぞいてみてね。スマートフォンでも見られるよ。




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2017年2月28日火曜日

若さというやつ

若さなんて一瞬の夢
だからこそ
そこで夢を見ておかなかったら
一生悪夢にうなされる

俺たちが若い時に見た夢が
あれで足りたのかどうかは分からないけれど
あれがあったからこそ
今、別の夢を見ることができている


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2017年2月27日月曜日

『東京ゴッドファーザーズ』って知ってた!?

 Amazonプライムで映画を探していて、何気なく見始めた『東京ゴッドファーザーズ』。抱腹絶倒で、息もつかせぬ展開で、とんでもなくおもしろかった。
 今敏監督。今まで知らなかった。うかつ。4本の長編アニメとテレビシリーズを作って、46歳で亡くなっている。


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2017年2月26日日曜日

アルバムへ向けて発進

 河村博司君のプライベート・スタジオへ。アルバムへ向けてのレコーディング・プロジェクトが静かに始まった。

 まずは〈2人のはるか〉のボーカルとアコギの録り直し。
 30周年の時に、俺のパーソナルバンドWonder 4とレコーディングした曲だ。メンバーと夜にスタジオに入ってアレンジを固め、そのまま別のスタジオに移って、朝までかけて1曲を仕上げた。

 4年たって、歌詞を1カ所変更したこと、メロディへの歌詞の乗せ方が1カ所変わったこと、当時はボーカルとアコギを同時に録音して、そのテンションは好きだったんだが、次のアルバムに収録するために改めて歌い直したかった。

 当時のレコーディングでは、アコギはGibson Doveを弾いた。今回、他の選択肢として、Martin D-28と、最近ずっとライヴで弾き込んでいるGibson J-45がある。プロデューサーとしての河村君に「どのアコギにしようか?」と相談。
「J-45だと乾きすぎという気がするので、乾き感と濡れ感が同居するD-28にしましょう」という心強い意見をもらった。

 まずはアコギのダビング。ギターを替えたことで、ガシッとしたサウンドになった。
 写真は、ぜいたくにマイクを3本使っているところ。

 ボーカルは、いつものことなんだが、何度も歌うことはしない。俺の場合は、最初の方で歌った時のテンションの方がいいことが多いからだ。歌いすぎると、気持ちが流れてしまう。
 オケとのバランスを取るために、軽く流して歌い、「さあ録ろう」と、気持ちを正す。今回も5回くらいで納得できるテイクが録れた。

 スタジオ・ワークの後は、軽く飲みながら、次にレコーディングする曲のアレンジを話し合っていく。



photo : Takuji


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2017年2月24日金曜日

『尾崎豊 Forget Me No』

 先日取材を受けた、別冊宝島『尾崎豊 Forget Me No』の確認用ゲラが届いた。
 「証言 尾崎豊とその時代」というページで、同時代を生きたシンガー、大友康平さん、ダイアモンド☆ユカイさんと共に、俺のインタビューが掲載されている。
 発売は4月7日予定ということ。ぜひ読んでね。


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2017年2月23日木曜日

〈ONE〉スタートまで、あともうちょっと

 リニューアルしてスタートする〈ONE〉。最後の詰めの作業に入った。想定していたより時間がかかっちゃって、待たせてごめん。
 〈ONE〉メンバーじゃない人にも、そのコンテンツの一部を見てもらえるページを用意した。スタートしたら、ちょっとのぞいてみてね。素敵な広場ができあがったよ。




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2017年2月22日水曜日

ベチコ その1

 来月の荻窪 BUNGAでベチコと新しくやる曲の譜面書き。

 ベチコこと、磯部舞子との出会いは、ちょっと不思議だった。

 2010年10月、小平市にあるローリング・ビーンズという喫茶店で、津田塾大学のメディア・スタディーズ・コースの学生さんから取材を受けた。
 その喫茶店は、以前から俺のCDを精力的に販売してくれているメーカーの女性の旦那様が経営している店だった。
 取材が終わった後、ご夫婦から、近所に住んでいてたまたま顔を出していたベチコを紹介してもらった。
「へえ、バイオリン弾いてるんだ。ちょっと聴かせてくれない?」
 彼女はクラシックの曲を弾いてくれた。
「もっと他の感じのやつも聴かせてよ」
 彼女が弾いたのが俺の大好きなアイリッシュの、インストロメンタルだった。

 その日ご夫婦から「狭いですけど、ぜひここで歌ってくれませんか?」と言われ、1ヶ月後の11/13、シークレット・ライヴをやることになった。お店の常連のみなさんが来てくれて、とてもアットホームなライヴになった。
 客席にベチコがいるのに気づいた。せっかくだから何か一緒にやってみたいなと急遽セットリストを変え、アンコールで何の前触れもなくベチコを呼び込んだ。
 「キーは“E”だよ」とだけ言って〈傷だらけの天使〉をやった。後で聞いたんだが、当時のベチコはまだコードという概念がなかったそうだ。
 掲載した写真はその時のもので、初公開。まだトレード・マークの帽子をかぶっていない。
 ライヴが終わり、「せっかく知り合ったんだし、今度はちゃんとリハーサルをやってライヴやろうよ」と誘った。

 そして年が明けた2011/1/28、初めてベチコを迎えたライヴを開催した。YouTubeの映像はその時の〈談合坂パーキングエリア〉と〈前夜〉

 個人的には、ボブ・ディランがスカーレット・リヴェラを発見した時の気分だった。
 長くなりそうだから、続きはまた。




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2017年2月21日火曜日

タイトル

 映画のタイトルが日本語の場合、単語と単語の間に「の」が入ることが多い。
 『ハリー・ポッター・シリーズ』は「と」と「の」で統一されている。ジブリ作品は9割が「の」だ。

 俺の曲タイトルも、けっこう「の」が多い。
 「Aの」「西からの」「煙突の」「下から2番目の」「傷だらけの」「土曜の夜の」「夢の」「嵐からの」「夏の」「絶望の」「紫の」「虹の」「天使の」「孤独の」「真夜中の」「光の」「今夜の」「ある夜の」「種の」「最初の」「路傍の」「オリオンの」「天国の」「月曜の」「祭りの」「夢の」「2人の」「パパの」……いやはや。
 こういうのって、気にし始めると止まらなくなる。


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2017年2月20日月曜日

広東語 での〈Show Time〉

 新しい〈ONE〉に、2015年に4週間滞在した香港での写真を掲載する準備をしている。

 ちょうど滞在していた時に、香港の3人組ユニット、Grasshoppeのプロダクションから「〈Show Time〉をベスト・アルバムに収録したい」という連絡が入ったと、マネージャーからメールをもらった。
 検索したら、30年のキャリアということで、アリーナ・クラスでの映像が見れた。日本で言ったら少年隊みたいな立ち位置かな。CDショップに行って探してみたら、ベスト・アルバムが何セットか置いてあった。
 たまたま香港にいた時にそんな連絡をもらうなんて、あまりにすごすぎる偶然で、びっくりしたっけ。

 〈舞娘〉というタイトルで〈Show Time〉のライヴ映像を見ることができる。



photo : Takuji


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2017年2月19日日曜日

言葉

 長年、言葉を生業にしているせいか、耳につく日本語がある。

「させていただく」
 何年か前から便利に使われ始めて、記者会見なんかでは必ず聞く。何もそこまでへりくだらなくても、と思ってしまう。

「〜することによって」
 最近よく耳にする。自分がやっていることや考えていることを、ほんのちょっとだけ高尚に思わせたいという、いじましさを感じてしまう。

「絶対〜だと思うんですよ」
 どっちなんだ。

「しかも」
 重ねてつけくわえるための接続詞なんだけど、なんだか手軽に使われている。


 長年生業にしている言葉が、変わっていくことがある。

「82ホーンのスクランブル(Aspirin)」
 今はホーンという単位は使わず、デシベルに統一された。

「カード電話の赤い数字は(P.M.11:11)」
 まさか電話を携帯する時代が来るなんて、あの歌を作った80年代後半には考えもしなかった。

 こういうことがあるから、特に新しい言葉を使う時には細心の注意を払うようにしている。例えば「スマホ」という言葉が5年後にあるかどうか分からない。いや3年後だって分からないな。



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2017年2月18日土曜日

The Beatles

 いつも応援してくれる人たちがプレゼントしてくれた〈ザ・ビートルズ  EIGHT DAYS A WEEK〉を見た。
 デビューしてから熱狂のワールドツアーを続けた1965年くらいまでを丹念にドキュメントしている。ビートルズの映像はかなり見ているが、初めて見た映像も多くあった。

 当時のライヴを見て改めて驚くのが、PAもなく、足元のモニターもなく、観客の金切り声の中で、すばらしくバランスの取れた演奏をしていることだ。楽器と歌のバランス、ボーカルとコーラスのバランス。今だったらチャンネルごとに音を録ってミックスするところだが、60年代のライヴだから、そんなことはしていないはずだ。
 そして「自分たちの演奏する音が観客の声にかき消されてまったく聞こえなかった」ということなのに、ボーカルが音を外すこともない。ビートルズは恐ろしく鍛えられたライヴバンドなんだってことが分かる。

 ケネディ大統領が暗殺され、公民権運動のまっただ中のアメリカで、ビートルズが黒人差別について言及したことで、初めて会場に黒人の姿が見られるようになったという。
 一石を投じることはできたんだろうが、世界の情勢を変えるまではいかなかった。

 それで思い出したことがある。1984年、ブルース・スプリングスティーンの〈Born in the U.S.A Tour〉のニュージャージーでの凱旋ライヴを見に行った。俺の記憶では、アリーナにつめかけた観客は白人しかいかなった。

 ツアーの合間のレコーディング風景も少し見ることができる。
 これも驚くことなんだが、デビュー当時のレコーディングは、たった4チャンネルしかなかった中で、あれだけのサウンドを作ったことだ。

 もうひとつ思い出した。アルバム《花を育てたことがあるかい》のレコーディングの時、ある曲で、アレンジャーがドラマーに「ここのオカズは、リンゴ・スターの感じで叩いてください」と言ったら、ドラマーがすごい顔をしかめて嫌がったことがあった。
 リンゴ・スターのドラミングは、総じて軽くてご陽気と思われているところがあるが、とんでもない。あんなに変幻自在で魅力的なドラマーはいない。

 ビートルズの作品は、聴くたびに、見るたびに、新しい発見がある。


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2017年2月17日金曜日

熱意

 先日の千葉県 柏でのライヴがきっかけになって、千葉県 佐倉市でのライヴが決まった。地元の方と、協力してくれる方の熱意が形になる。きっとすばらしいライヴになる。
 ライヴは7月の予定。詳細が決まったお知らせするよ。

 そしてこれはフレンドシップから生まれた、横須賀でのジョイントライヴも決まりそうだ。横須賀で歌ったことはないな。これは秋になりそう。

 小さな一歩が次の一歩を生み出す。熱意は熱意となって帰ってくる。


2017年2月16日木曜日

卓治写真館

 スタッフとスカイプでつないで、2時間かけて、新しい〈ONE〉のコンテンツ「卓治写真館」に写真をアップする方法を伝授してもらった。
 自慢じゃないが、パソコンに関するスキルはすごい低い。ちょっと脳が沸騰する中、何とか写真をアップすることができた。
 最近あまり写真を撮るモードになってなかったから、ひとまずここ数ヶ月で撮った写真を10枚ほど。けっこう綺麗めの写真をセレクトしたけど、今後はツアー先で、ご当地B級グルメの写真とか、グダグダの打ち上げの写真なんかもアップする予定だ。
 1枚だけちょっと予告編で。



photo : Takuji


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2017年2月15日水曜日

Translators

 昨日の話に続いて。
 友人が紹介してくれた山本安見さん。もちろん名前は知っていた。ビートルズ、サイモン&ガーファンクル、クイーンなどの歌詞の翻訳家だ。
 知り合って以来、友人と一緒に何度も食事したり飲んだりした。今は沖縄に住んでおられて、俺が沖縄でライヴをやると見に来てくれる。
 俺たちの青春を日本語に訳してくれた人。

 三浦久さんは、ブルース・スプリングスティーン、レナード・コーエンなどの歌詞の翻訳家。
 俺たちのロックを日本語に訳してくれた人。

 一昨年初めて一緒にライヴをやることができた中川五郎さん。60年代後半から歌い続けているシンガーで、ボブ・ディラン、U2などの歌詞の翻訳家。それだけじゃなく、小説家チャールズ・ブコウスキーの翻訳家というイメージもある。
 俺たちのパンクを日本語に訳してくれた人。


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2017年2月14日火曜日

三浦久さん

 2012年、長野でライヴをやった時、ファンの人がCDをくれた。その前年にリリースされた三浦久さんのアルバム《祈り》だった。
 “三浦久”という字面は、俺のフェバリット・シンガーたちの歌詞カードの最後に“翻訳者”としてクレジットされているのを何度も見ていて記憶していた。歌も歌っていたのかと、その時は思った。
 アルバムを聴いて〈祈りの歌〉という楽曲が深く心に染みた。俺はそれまでライヴでカバーをやることはほとんどなかったが、「この歌を歌いたい。みんなに聴いてほしい」と思い、2ヶ月後のライヴで歌った。

 三浦さんとジョイント・ライヴをやりたいと思い立ち、メールでは失礼だと思って手紙を送った。そこからやり取りが始まり、2013/5に東京でジョイント・ライヴが実現した。その日「初めまして」の握手を交わした。
 同時進行で、三浦さんが長野県 辰野町で経営しているライヴハウスOREADでのイベントに誘っていただき、6月にOREADへ行った。「こんな長野の田舎に、こんなにすばらしいライヴハウスがあったのか」と感激した。いつかここでソロ・ライヴをやりたいという夢が生まれた。

 その後、何度かお互いのイベントに出演し、2015/7、念願だったOREADでのソロ・ライヴを開催することができた。全国からお客さんが集まってくれ、最高の夜になった。ライヴは2016年にもやり、今年も夏の終わり頃にやりたいと思っている。

 「僕のアルバムレコーディングに参加してくれないか」と三浦さんに言われた時は、即答で「喜んで!」と答えた。
 2015/8、三浦さん宅の広いリビングにレコーディング機材と楽器を持ちこみ、レコーディングが行われた。俺はアコースティック・ギターとコーラス。他のミュージシャンは“やぎたこ”というアメリカン・ルーツ・ミュージックをプレイする2人。三浦さんの歌を最大限に伝えるため、最小限の音数だけでプレイした。
 俺のグランド・デザイナーのコヤママサシ君が写真とデザインで参加し、アルバム《九つの物語》は2015/12/13にリリースされた。

 改めて考えると、三浦さんと知り合ってまだ4年もたっていない。でも深く心でつながっているように感じる。




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2017年2月13日月曜日

ONE

 2004年にスタートした、オフィシャル・ファン・コミュニティ《ONE - Oyama Takuji Network Eyes》
 13年目のリニューアル。
 メンバーのみんな、待たせちゃってごめんね。こんなコンテンツを準備して、スタートさせようと思ってる。

■ 散文詩 / 歌に進化する前の書き下ろしの詩を、BGM+アートワークと共にポエトリー・リーディングします
■ Live Video / 最新のライヴ動画を、いち早くUPします
■ Live Photograph /最新のライヴフォトを、随時UPします
■ Aspirin Radio / 卓治のおしゃべりと最新ライヴテイクをオンエアするラジオショーです
■ 卓治写真館 / 卓治がiPhoneで撮影した写真を、自由気ままにUpしていきます
■ Photograph / ロケの写真を中心に、普段は見られない卓治の表情を表現します
■ Archive / 13年以上の歴史があるONEの膨大な企画を少しずつ公開 途中入会でもお楽しみいただけます
■ Birthday Message / あなたのバースデイに、卓治から肉声のお祝いメッセージが届きます
and more!

 2月中にはオープンさせるから、楽しみにまっていてね。



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2017年2月12日日曜日

目黒寿安君(と)

 シンガーでギタリストの目黒寿安じゅあん)君が、横浜 Thumbs Upに来てくれた。

 彼との出会いも素敵だった。去年の頭、彼からメールをもらい、「コンテストに出場する曲として〈種の歌〉をインストロメンタルにアレンジしたテイクを使ってもいいか?」という内容で、音源も添付されていた。すばらしい表現力だった。「ぜひ使って」と返信した。
 その後、俺のライヴを見に来てくれて、終演後に話をし、「今度、ジョイント・ライヴをやろう」と提案した。去年の9月に実現したライヴでは、アンコールでそれぞれの曲を2曲ずつ持ち寄ってセッションした。すばらしいアンサンブルになった。
 ジョイント・ライヴでセッションすると、「やり切った」という気持ちになるものだが、その時は「やり足りない」と思った。

 彼が持参してくれた新しいアルバム《hard times better times》を聴いた。
 得意のギター・テクニックを使わず、シンプルなギターに乗せて11分歌いきる〈セカンドライン〉からの後半の流れは胸にドシンと響いた。
 11歳で渡米して2001/9/11にニューヨークにいたという彼の経歴を思い出してしまう。


 Thumbs Upの終演後、彼と話をした。
「一緒に音楽を作らない?」
 具体的なことはこれからだが、おもしろくなりそうだ。


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2017年2月11日土曜日

バツが悪い

 Thumbs Upでのリハーサルを終えて、近くの店でコーヒーを飲んでいた。
 すぐ近くのテーブルにカップルがいて、楽しげに話している。男性がスマホでライヴ映像を流しながら女の子に何か話し始めた。
 ん? その曲〈最終電車〉だ。
 プライベートでは、気づかれないようにソッと気配を消しているんだが、めっちゃ至近距離だし、すげえバツが悪いし、いっそのこと気づいてくれないかなと思ったんだが、なかなか気づいてくれない。
 しばらくして、やっと気づいてくれて、「あ、本人だ!」。いや、そうですけど。
 そこから20分ほどお店にいたから、それはそれでバツが悪い。
 本番15分ほど前に店を出ようとしたら、2人はまだいる。
「えっと、ライヴ来てくれるんだよね?」
「はい、行きます」
 よかったあ。ただのものすごい偶然だったのかと思った。

 本番では生の〈最終電車〉をプレイ。楽しんでくれたかな。


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2017年2月10日金曜日

横浜 Thumbs Up

 江口君の変幻自在のギターと、お客さんのすばらしいノリと笑顔のおかげで、昨日は最高の夜になった、
 Thumbs Upは音響が完璧だ。音がいいと、歌にニュアンスや表情をつけることができる。そうじゃない小屋だと“棒”みたいな歌い方になってしまう。その差はものすごく大きい。

 ちょっとおもしろいこともあった。今日はちょっとバタバタしてるんで、明日書くね。




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2017年2月8日水曜日

取材

 半蔵門にある宝島社へ。
 没後25年のタイミングで、尾崎豊君を特集する別冊宝島が企画され、「同時代を生きたシンガー」の1人として取材を受けてきた。
 約1時間、尾崎君との思い出、交流、彼が今の時代に残したものについて話した。

 3月に出版されるらしいから、ぜひ読んでね。


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2017年2月7日火曜日

下から2番目の男

 あ、先越されちゃった。

 〈ONE〉に動画を掲載しようと思ってた〈下から2番目の男〉with 十字郎(千葉県 柏 やなぎや食堂)

 ま、楽しげな感じの動画だから、よしとしましょう。
 がんばれよ、十字郎


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2017年2月6日月曜日

あと1曲

 横浜 Thumbs Upで歌うのは去年の6月以来。音響がすばらしくステージも照明もちゃんとしてて、歌に集中できるライヴハウスだ。
 前回はバイオリンの磯部舞子ことベチコと、その前はサックスの宮本美香ちゃんと、その前となると、2013年にThe Conxを迎えた30周年ライヴになる。どのライヴも強く印象に残ってて、お客さんのノリもすばらしかった。

 江口君とやる分のセットリストはだいぶ前に決めて音資料などを送っている。2人で初めてやる曲もたくさんある。
 中盤、ソロで歌う曲のセレクトをしている。いっつもそうなんだが、あと1曲がうまくはまらない。ここで歌う最適の歌があるはずだと、知恵をしぼる。
 いずれにしろ、相当濃いライヴになることは間違いない。


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2017年2月5日日曜日

ONE - Oyama Takuji Network Eyes

 オフィシャルファンコミュニティー〈ONE〉のリニューアルスタートのため、2人のデザイナーが気合い満載で作業してる。もうすぐ具体的な告知を始められそうだ。

 俺の方では、これまで年に4回書き下ろしで掲載してきたポエトリー・リーディングを制作。そして、おしゃべりと最新ライヴテイクを掲載するラジオも、この後録音する。

 今回のリニューアルでは、パソコンだけじゃなくスマホでストレスなく視聴できるシステムを構築中だ。告知までもう少し待っててね。




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2017年2月4日土曜日

かすみ

 かすみを食って生きてきた。
 10代の頃のかすみは甘くて酸っぱくて極上の味だった。大人たちは全員「そんなもん食ってると、いつか腹こわすぞ!」と頭ごなしに決めつけた。

 30代に入ると、かすみの味はほろ苦さを増してきた。同年代の友人たちからは「おまえはいいなあ、今もうまそうなもの食ってて」とため息混じりに、やっかみ半分で言われた。

 そして今や、かすみはただただ苦い。それでもやっぱり、かすみを主食に生きている。
 たまに若い連中に聞かれることがある。
 「それ、おいしいですか?」
 君次第だ。


 俺よりもはるかにかすみのうまさを味わいつくし、俺よりもはるかにかすみの不味さを体感しながら早世していった尾崎豊君。
 お互いのライヴを何度も見に行き、居酒屋で飲んで語り、でも最後に代々木体育館でのライヴ終了後の楽屋で会った時は人に心を開かない暗い瞳になっていた、俺が知る限り最もピュアなシンガー。

 そんな彼の80年代と併走したギタリスト、江口正祥君とのライヴが近づいてきた。
 彼からこんなおもしろいエピソードを聞いた。
 〈15の夜〉の「盗んだバイクで走り出す」という詞を書いた彼が、打ち上げの席で酔っぱらいながら「盗んだバイクは走らない〜。だってカギないですもんね(笑)」なんてジョークを飛ばしていたとか。
 その時の彼は、俺が知っているクシャクシャなピュアな笑顔だったんだろう。

 俺が江口君とライヴをやる時は、言葉にすることはなくても、意識の中から消えていたとしても、そこに尾崎君がいる。
 生き残っていたら50歳を越えている尾崎君が、今描くラヴソングを、聴いてみたい。



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2017年2月3日金曜日

密会

 ……というわけではないけれど、河村博司君と喫茶店でミーティング。
 彼のプロデュースで、シングル〈光が降る / ばあちゃんごめんね〉〈美しい沈黙〉を作った。次のレコーディングも彼の力を借りて歌を形にすることにした。目指すは5曲。
 スタジオでのエピソードなんかも、ここに記していくから、お楽しみに!


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2017年2月2日木曜日

Museの罰

 「欧米では、3 job(3種類の仕事を持つこと)が当たり前」と聞いたことがある。詩を書いて曲を書いてステージで歌うことが3 jobじゃなくて、まったく違うフィールドで仕事をするということ。
 日本人の感覚とは、かなり違う気がする。ひとつの仕事を突き詰めてとことんやり続けることが美徳だと考えている日本人は多いだろう。
 改めて自分をふり返ってみても、音楽以外にできることが思い浮かばない。俺みたいなシンガーは、結局のところ自分のことばかり考えている。それって、あまり健全じゃない。

 4年ほど前に出会った三浦久さん
 70年代から歌い続けているシンガーソングライターで、ブルース・スプリングスティーンやレナード・コーエンなどの歌詞の翻訳家で、信州大学の英語講師をされている。これこそ3 jobだ。
 さらに、長野県 辰野町でOREADというすばらしい雰囲気のライヴハウスをやっている。何度か歌いに行った。
 もう70歳を越えているんだが、サイトのダイアリーを読むと毎日アクティブに動いていらっしゃる。見習わなきゃと思う。

 音楽の神様から歌を作るという力を授かった一握りのソングライターがいる。彼らはミューズに愛される代わりに、世間一般とか平穏無事という貢物を捧げた。
 ソングライターは、ミューズから罰を与えられた人生を送る。多分それは、幸せな人生。


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2017年1月31日火曜日

Homeless

 うちの近所に、おじいちゃんのホームレスがいる。近くの公園で日向ぼっこしてたり、駅前の交番の目の前に座ってたり、この間はコンビニでカップラーメンを買ってた。普通に街に溶け込んで、ひょうひょうとたたずんでる。すぐ横で近所のおばちゃまたちが立ち話してる。
 悲惨さは感じない。好きでそうしているようにしか見えない。そう感じてしまうのは、俺が自由業だからかな。
 そのおじいちゃんを見てると、何が本当の幸せなのか、俺は今を心から幸せだと感じているのか、ふと分からなくなることがある。


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2017年1月30日月曜日

ふたつのSet List

 西荻窪 Terraも、すばらしい盛り上がりだった。平野カズ君、長谷川雄二君、そしてこのライヴを提案してくれたテラさんに感謝します。

 去年の秋から進んでいたふたつの企画が、偶然にも2日連続になった。どっちも多分「初めまして」のお客さんが多いだろうから、同じようなセットリストを組むこともできた。でもそれではモチベーションが下がってしまう。2日間のセットリストにどれだけ変化をつけられるかが、今回のテーマだった。
 お客さんがドキドキワクワクでライヴに望むのなら、俺もドキドキワクワクで歌わないとね。
 近々オフィシャルサイト〈RED & BLACK〉に掲載するけど、一足お先にセットリストを。

■1/28 やなぎや食堂

01.傷だらけの天使
02.1 WEST 72 STREET NYNY 10023
03.西からの便り
04.ばあちゃんごめんね (新曲)
05.光が降る (新曲)
07.ハヤブサよ (新曲)
06.PARADISE ALLEY (ミディアムテンポで)
08.汚れたバスケットシューズ (ポエトリー・リーディング)
09.Passing Bell
10.カーニバル
11.最終電車

E1.種の歌
E2.下から2番目の男 [with 十字郎]

E3.もうすぐ


■1/29 西荻窪 Terra

01.微熱夜
02.FILM GIRL
03.ハヤブサよ (新曲)
04.ばあちゃんごめんね (新曲)
05.美しい沈黙 (新曲)
06.種の歌 (生声で)
07.ひまわり
08.Aspirin
09.DOWN

E1.傷だらけの天使 [with 平野カズ, 長谷川雄二]
E2.1 WEST 72 STREET NYNY 10023 [with 平野カズ, 長谷川雄二]

E3.Show Time


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2017年1月28日土曜日

やなぎや食堂

 千葉県 柏 やなぎや食堂。昭和の香りがする食堂でのライヴ。こんなに熱く迎えてくれるなんて、想定をはるかに越えていた。手拍子や歌声がハンパなかった。
 十字郎君とのセッションは、彼のスライドギターをフィーチャーしてシャッフルにアレンジした〈下から2番目の男〉。唯一無二の演奏だった。
 残ってくれたお客さんとの打ち上げは、生姜焼きとトン汁の「卓治定食」と、日本酒 獺祭で、笑顔と会話が弾んだ。
 十字郎君、やなぎや食堂の店長、ライヴにたずさわってくれた人たちに心から感謝します。


 さてこのダイアリー、初めてスマホから書き込むんだけど、だいじょうぶかな。
書き込みボタンを、エイッ!


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2017年1月27日金曜日

Dream

夢って、ぼんやり、のほほんと空想するものじゃない
頭の中でくっきりとピントを結ぶほどリアルなものじゃなきゃ、かなわない
どんなに荒唐無稽な夢だとしても、口に出してみる、具体的に
それはいつか、“夢”じゃなく、“計画”になる。
もっとリアルに想い続ければ、それは“計画”じゃなく、“予定”になる。


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2017年1月26日木曜日

movie

 1/21 阿佐ヶ谷 harnessで撮影された〈小山卓治×中野督夫〉の動画を確認。近々リニューアルオープンする〈ONE〉に、〈DaDa〉のライヴ動画を掲載することにした。メンバーはお楽しみに。


 ジブリ作品『レッドタートル』のマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督が2000年に公開した短編アニメーション『Father and Daughter(岸辺のふたり)』を見た。
 セリフはいっさいなく、色味もほとんどなく、想像力をかき立てられる。たった8分間に人生が凝縮されてる。切なくて美しい。
 以前見たアニメーション『イリュージョニスト』を思い出した。同じようにマイナーキーのシャンソンが流れ、ラストはただただもの哀しい。
 「いつまでも待ち続ける」というニュアンスでは、中国映画の『妻への家路』も連想した。


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2017年1月25日水曜日

江口正祥君

 2/9 横浜 Thumbs Upでのライヴには、サポートギタリストとして江口正祥君が参加する。
江口君とは因縁がある。
 俺より1年遅れでデビューした尾崎豊君のバンドで彼はギターを弾いていた。1984年の夏、俺は初めて尾崎君と日比谷野外音楽堂で同じステージに立つことになった。デビューからすごい勢いで登場した尾崎君とのライヴに、俺は強い闘志を燃やしていた。
 が、ライヴの前日に尾崎君が怪我をして、初共演は幻になった。江口君とも会えずじまいになった。
 その後30年近く、江口君とは何度もニアミスをくり返してきた。

 2013年、以前の俺のパーソナルバンドDADのドラム、向山テツさんが神戸で開催するイベントに出演することになり、名うてのメンバーが集められ、そこに江口君がいた。すばらしいギターを弾いてくれた。
 それがきっかけで俺のライヴサポートをやってもらうことになり、すでに7回同じステージに立った。彼のうねるギタープレイをぜひ堪能しにきてね。
 3/12 静岡県 藤枝 Caram Coromでも一緒にやることになってる。




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2017年1月24日火曜日

コメント

 俺を応援してくれる人たちは、けっこうシャイな人が多いみたい。
 SNSやBBSへの書き込みは人が読むことが前提だから、コメントの書き込みに二の足を踏んでる人が多いと聞いた。
 facebookでは、俺だけが読める「メッセージ欄」へけっこうコメントが届くから、必ず返信するようにしてる。

 このブログへのコメントは、ここへは表示されず、俺のパソコンに直接届くようにしてある。だから、いつでも気軽にコメントを送ってね。返事を書くよ。


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2017年1月23日月曜日

全力

 今週末、アマチュアシンガーとのジョイントライヴが2日続く。

 1/28(土)は、千葉の柏にある、やなぎや食堂。名前からしてライヴハウスではなく、昭和の香りがする定食屋で、メニューの写真を見ると、うまそうだ。
 ライヴを企画して、オープニングで歌ってくれるのは、十字郎君。アメリカのブルース・シンガー、ロバート・ジョンソンが大好きらしい。ロバート・ジョンソンといえばクロスロード伝説。彼の名前はクロスロード、十字路から来てるんだろうね。
 エリック・クラプトン(クリーム)の曲に〈クロスロード〉ってある。〈クロスロード〉って映画もあったな。
 十字郎君とメールをやり取りして、彼のリクエストで俺の歌を一緒にやることにした。先日、スライドギターを駆使したアレンジに仕上げた音源を送ってくれた。楽しみだ。チケットはすでに完売してる。

 西荻窪 Terraの店長、テラさんから電話をもらい「小山君との共演を熱望してるアマチュアがいる」と提案してくれたイベント。1/29(日)西荻窪 Terraで共演するのは、平野カズ君と長谷川雄二君。
 2人にもメールを送ってセッションを提案した。俺の曲を2曲リクエストしてくれて、「音資料や譜面が必要だったら言ってね」とメールしたら、「だいじょうぶです。体に染みこんでますからいりません」ときた。
 この2人もクセがありそうで楽しみだ。こっちはまだチケットはあるみたい。

 2日続けて、どんな火花が散るか。アマチュアとのジョイントとはいえ全力を出す。それがライヴを企画してくれた彼らへの礼儀だ。全力を出し切って歌う。

 詳細と予約はこちらから。


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2017年1月22日日曜日

Set List

 阿佐ヶ谷harness 〈小山卓治×中野督夫〉。いい夜になった。
 この夜の写真と動画は、近々新たなスタートを切る〈ONE〉にたっぷり掲載するからお楽しみに。


 ライヴのたびに、セットリストを考え抜く。
 1曲ごとに物語がある。それを並べることで、1本のライヴを起承転結のある大きな物語にしたいと思いながら組んでいく。並べ方によって、物語は悲劇にも喜劇にもなる。
 ソロのフルライヴも、ジョイントでの短めのライヴも、取り組み方は同じだ。

 昨日のライヴでやったのは〈DaDa〉から〈P.M.11:11〉へのつなぎ。どちらの歌詞も、一人称での語り。
 〈DaDa〉の主人公の男は、若く、前のめりで、不器用で、女に決断を迫る。でも本当の気持ちは言葉とは裏腹。
 〈P.M.11:11〉の主人公の女は、今よりも若かった頃の自分と男を回想する。静かに、少しほほえみながら。
 この2曲に出てくる男と女を同一人物だと設定すれば、ふたつの物語は時間を越えてひとつになる。

 あらかじめ想定してやる場合と、意識せずにつないで本番でやってみて思わぬ相乗効果が生まれることもある。
 そして、お客さんの反応がライヴの物語そのものを変えていってくれることもある。素晴らしい想定外だ。




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2017年1月21日土曜日

中野督夫さん

 昔から、センチメンタル・シティ・ロマンスが大好きだった。日本で唯一無二のウェストコーストサウンドを奏で、当時の日本としては珍しくロゴマークつきのツアーバスで全国を回っていた。そのロゴは今も変わってない。
 俺がアマチュアの頃に組んでたバンドは、センチのようにコーラスワークを重視したサウンドを作っていた。

 90年代の終わり頃、友人のシンガー鎌田ひろゆきのライヴを見に行ったら、センチの中野督夫さんがサポートでギターを弾いてた。
 「わ、センチの中野督夫だ!」
 俺が来てるのを知ってた鎌田が、突然俺をステージに呼び込んだ。俺としては鎌田を挟んで初めての督夫さんとの共演だった。

 それがきっかけで、督夫さんをライヴサポートに迎えるようになり、2000年にプロデュース&アレンジに督夫さんを迎えてマキシシングル《手首》をリリースし、2003年にアルバム《種》を一緒に作った。DVD《MANY RIVERS TO CROSS》では督夫さんをバンマスにしたバンドでのライヴ映像を収録した。
 今でも何年かに1度は同じステージに立つ、俺のソウルメイトだ。

 そして今夜、鎌田ひろゆきの店 阿佐ヶ谷 harnessで、4年ぶりのジョイントライヴを開催する。


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2017年1月20日金曜日

旭川アーリータイムズ

 タイトルTopに掲載してる写真は、北海道 旭川 アーリータイムズの2階楽屋。下の写真にある2階の窓の中になる。
 蔵だった建物を改築したライヴハウスだから、屋根裏部屋のような落ち着いた雰囲気だ。リハーサルを終えたら、ここで最終的にセットリストを組み直す。
 アーリータイムズは、日本で屈指のフォークソングの聖地だ。ここで歌ってると音楽の神様がいると実感できる。音響も抜群だ。
 最近は年に一度は行くことができてる。北海道民だけじゃなく、ここに響く歌をぜひとも心と体で感じてほしいな。
 今年も秋くらいには行きたいと思ってる。




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〈Naked Voice〉へようこそ

 オフィシャルファンコミュニティー〈ONE - Oyama Takuji Network Eyes〉がスタートした2004年11月に〈Naked Voice〉はスタートした。今まで13年間〈ONE〉メンバーへ向けて俺の肉声を届けてきた。
 今日から〈Naked Voice〉は一般公開。
 ここは自由なスタンスで、日常をつづったり、思いをぶつけてみたり、詞の断片を書いてみたり、たまには写真を載せてみたり、あまり決めごとをせず想いを紡いでいこうと思ってる。
 気が向いた時に、いつでものぞきに来てね。



photo : Takuji

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